大好きなもののひとつにミステリー小説があります。
最近読んだ宇江佐真理の「ひとつ灯せ」はちょっとゾクゾクしました。
江戸時代を舞台にしたお話なのですが、ミステリーというよりは「妖しい話」とでも言うのでしょうか。
死神のようなものに取り憑かれた男が友人の助けで死の淵から復活し、その友人が入っているという「妖しい話をする会」に入るところから淡々と話しは進んでいくのです。
数人のその会の仲間達は自分や知り合いが実際に体験した不思議な話をするために月に一度、それぞれの家に集まり、簡単な食事の後、「ひとつ灯せ〜」という言葉を合図におのおの話しをするのですが・・・。
そういう仲間達ですからちょっと不思議なものに取り憑かれやすかったり、自分や他人の未来が見えたり、不可解なものが見えたり感じたりするのです。
結局最後は主人公を除くほとんどの仲間があの世へ旅立つか、近い将来死ぬ運命になるという形でお話は終わるのです。
本来ならば気味の悪い、後味の悪い話しになるかと思いきや、読み終わった後は爽快の一言。
生あるものとって絶対に決まってる将来は、「死ぬ」ということ。
すでに息子に店を任せ、自分は隠居の身になり、好きなことをして過ごせる時間をたっぷり持っている主人公。
かといって何をしたいかというとそれも分からない。
それでも彼にとって死は「それは考えるだに恐ろしい事」だった。
この世に未練がなくとも、死に対する防衛反応が心の底からわき出てしまう。
主人公は一度死神に取り憑かれるという体験をしてから、死ぬことは理性では受け入れられても死ぬという恐怖心から逃れられなかった訳ですが、仲間達と不思議な体験をしながら、最後に仲間達が次々と死んでいくのを見て、死ぬことの恐怖心を脱ぎすててしまうのです。
私も彼のように死に対して達観できるようになれるのだろうか。
いやいや、ならなくてはならない。
そうでなければ恐ろしくて死ねないからね。


